1300年代:遊戯用としてヨーロッパ各地に広まる
14世紀頃はまだ現在の「タロット」の形ではなく、トランプの構成でヨーロッパ各地でプレイングカードとして広まっていました。
最初にトランプが出現したのはイタリア、スペインと言われています。
この当時ヨーロッパ各地に広まったトランプは元々、マムルーク王朝(エジプト)のカードでアラブ人により伝えられました。マルムーク朝のカードのスートは、カップ、剣、硬貨、ポロ(馬の競技用)のスティックが描かれていましたが、ヨーロッパの人々にはポロのスティックに馴染みがなく、杖や棍棒として見なされ広まりました。
当時の人々のカードゲームに対するあまりの熱狂ぶりに禁止令を出す国もありました。
古代マムルーク王朝のカード
1450年頃:記録上最古のタロット
タロット自体は現存していないが、確認できる最古のタロットとされているのが「トリオンフィ」と言われる当時イタリアで流行していた歌集からイメージを得たとされるカードデッキです。当時はタロットではなくカルタデトリオンフィと呼ばれていました。
このデッキは当時の北イタリアで記録され、ミラノ公爵であるフィリッポ・マリア・ヴィスコンティが画家のミケリーノに依頼してつくらせたとされている合計60枚(キング 4 枚、ピップカード 40 枚、切り札 16 枚)で構成され、切り札には16のローマの神々を描き、スートを4種類の鳥で表していたとされています。
15世紀中頃:現存する最古のタロット
現存するタロットの中で最も古いとされるのが、「ヴィスコンティ・スフォルツァタロット」といわれています。
このデッキ名は様々な美術館、図書館、世界中の個人コレクションにある15世紀半ばにつくられた、約15のデッキの不完全なセットを参照するための総称として用いられます。
ヴィスコンティ・スフォルツァタロット
それぞれのコレクションによってデッキ構成枚数や配列順番などの違いがあることから、この頃はまだ、現在のタロットのように「枚数・順番・名称・絵柄」などが確立されていないことがうかがえます。
ミンキアーテ版タロットの登場
ミンキアーテタロットについて言及されていたことが確認できるのは1466年にある外交官が政治家に宛てた手紙の中で「ミンキアーテ」のワードが書かれていたと記録に残っています。
当時は主にフィレンツェで97枚のカードデッキとして使用されていました。現在のミンキアーテ版とは名称や配置などが異なっています。
マルセイユ版タロットの登場
1650年頃、パリのジャン・ノブレによって作られた「ジャン・ノブレ版」現在のマルセイユ版の元となったデッキとされている。
このデザインが、後にタロットカードのデザインとして一般的なものとなり、これを元に16世紀〜18世紀に様々なバリエーションのカードがフランス各地で生産されることとなった。当時、一大生産地となったマルセイユに由来し「マルセイユスタイル」と呼ばれるようになった。
マルセイユ版と呼ばれるようになったのは20世紀に入ってからのことで、ニコラ・コンヴェルという18世紀のマルセイユのカードメイカーの作ったタロットを、1930年代にグリモー社が「マルセイユのタロット」の名で復刻したことによって広く知れ渡り、タロットの一つの様式として確立されていきました。
ジャン・ノブレ版タロットカード
遊戯用カードから占いツールとしての変換
それまで、遊戯用のカードとして人々に使用されていたタロットカードは長い年月をかけその意味を変化させていきました。
カードデザインは、ルネサンスや哲学、宗教など様々な影響や要素を取り込みながら変化をし、タロットは哲学と神話の基本的な大要として機能し始めました。
1612年に出版された「薔薇十字団の名声と告白」でタロットが過去、現在、未来の情報を相談する装置として説明されました。
1781年にはコンテ・ド・メレットによってヘブライ語のアルファベットとタロットの間にカバラの関係があるという記事を発表しました。また同じ年にはアントワーヌ・コート・ド・ゲベリンがタロットデッキを作り、大アルカナは秘密の知恵を含む古代エジプト起源を主張しました。
これらの出来事によりタロットはオカルト的要素を強め、占いツールとして広く利用されていくこととなります。
エッティラ版タロットの登場
1783年フランスの占い師エッティラはアントワーヌ・コート・ド・ゲベリンのアイデアを利用し、タロットデッキを作成しました。
エジプト起源説を利用しタロットを神秘主義的ものに昇華させ、タロットに初めて占星術を具体的に結びつけ、大幅な配列の変更、絵柄の変更、煌びやかなデザインを用いた占い専用として初めてのタロットデッキ「エッティラ版タロットデッキ」を完成させました。
さらにスプレッドによる占い方法、逆位置の概念などを確立し参考本を出版し、当時のエジプト神話人気も相まって当時フランスではマルセイユ版のタロットが駆逐されてしまうほどエッティラ版タロットは市民権を得ることとなりました。
エッティラタロットのカード
ライダーウェイト版タロットの登場
1887年に[黄金の夜明け団]の頭であるマザーズによって書かれた[Tの書]を元にアーサー・エドワード・ウェイトが考案しパメラ・コールマン・スミスがデザインし[ライダーウェイト版タロットデッキ]を1909年にライダー社より発行しました。
それまでタロットカードの小アルカナが数札のみだったのに対して、ライダー版では全てが象徴的な絵札でデザインされ、大衆の間で瞬く間に人気のタロットデッキとなりました。
現在でも多くのタロットカードがこのライダーウェイト版のデザインに準拠することが多い。
ライダーウェイトタロットのカード
トート版タロットの登場
1944年に当時、魔術師として有名だったアレイスター・クロウリーによって[トートの書]が発行されました。この本はクロウリーがまとめたタロット解説の本で、画家のフリーダ・ハリスが挿絵としてトートタロットのデザインを描いていました。
クロウリーは様々な哲学や化学、オカルト的要素を、トートタロットに組み込み、それまでのタロットデッキの標準的、絵画的象徴を更新することを目的として作られました。
トートタロットは製作者二人が亡くなってからタロットデッキとして[東方聖堂騎士団]から発行されたことで、世界中から名作タロットの一つとして認知されることになりました。
アレイスター・クロウリーのトートタロット
現代のタロット
現代のタロットに最も影響を与えたとされるのが、1972年に発行された[アルフレッド・ダグラスタロット]といわれている。
ダグラスタロットはそれまでのタロットデッキにない自由なデザインと鮮烈な色使いで、当時のイギリスを中心に一躍人気タロットとして圧巻する。
このヒットがあったことよって、これ以降、多様なデザインのタロットデッキが作られることになり、ダグラスタロットは現代のタロットカードに影響を与えた、偉大なタロットデッキであるといわれいる。
アルフレッド・ダグラスのタロットカード
この記事を読んだ人におすすめのタロットデッキ
おすすめのブログ記事